「歩き方カルチャー教室」はじまります!

スイスの登山鉄道① シーニゲ・プラッテ鉄道(SPB)

ユングフラウ鉄道グループの山岳鉄道

 アルプスの名峰として知られるスイス連邦のアイガー、メンヒ、ユングフラウ。2001年にはアルプス初の世界自然遺産にも登録された人気の観光地だ。その北麓には「ユングフラウ鉄道グループ」による複数の山岳鉄道が運行されている。所属する鉄道は7つ(索道を含む)あり、同グループはそれらを共同運営する形で1994年に発足した民間の持ち株鉄道会社である。

 路線はスイスの山岳リゾート地として知られる標高約560mのインターラーケンを玄関口としてユングフラウ地方に拡がっている。

 ユングフラウ鉄道グループの鉄道は個々に発展してきたため、軌間や運行方式も異なっているが、それらを乗り継ぐことによりヨーロッパで一番高い鉄道駅ユングフラウヨッホ(Jungfraujoch、標高3,454m)までたどれるだけでなく、沿線の山々やリゾート地へも足を延ばせるようになっている。

 7つの鉄道のうち初めて全線乗車を果たしたのは、インターラーケンの街に面してそびえるシーニゲ・プラッテに登る、その名もシーニゲ・プラッテ鉄道(SPB)だ。

シーニゲ・プラッテ駅
シーニゲ・プラッテ駅

 チューリッヒからSBBのインターシティーで約2時間半、インターラーケンの街に着いたのは日が暮れてからだった。初めての訪問で街の様子も判らぬままホテルに入った。

 翌朝、カランカランと静かに鳴る鐘の音で目が覚めた。窓辺に立つと夜明け前の薄明かりで目の前が広大な公園ということが判った。ここに無数の牛が放たれ、鐘の音はカウベルと知った。冬を迎える前に山の放牧地から降ろしてきたのだという。ようやくスイスにやってきた実感がわいてくる。

 SPBへはインターラーケンからベルナーオーバーラント鉄道(BOB)で1駅先のヴィルダースヴィル(Wilderswil)が起点となる。ちなみにBOBもユングフラウ鉄道グループだ。

カラフルな小型電気機関車が活躍

 ヴィルダースヴィルはインターラーケン郊外のこじんまりとした集落だが、街の散策は後回しとしてまずは鉄道探訪から。

観光客出迎えイベント

 駅の構内にはBOBとSPBの線路が並び、両線が共用している。しかし、軌間はBOBが1,000㎜、SPBが800㎜と異なるため、線路は独立している。SPB側には巨大な車庫もあり、ここがSPBの中枢となっているのだ。

 構内には赤、緑、茶、さらには赤とクリームのツートンカラーなどカラフルな装いの小型電気機関車が10数両待機している。箱型車体の上に大きなパンタグラフを掲げ、何とも愛らしい車両だ。

 初めての訪問時はうかつにも気付かなかったのだが、実は蒸気機関車も1両保有、不定期で運転している。1894年生まれという古豪で、前につんのめるようなスタイルが特徴だ。実は急勾配の本線区間でボイラーが水平になるように傾斜させているのである。

傾いた蒸気機関車

 この蒸気機関車からも想像できるようにSPBの最大勾配は250‰(パーミル。1,000mで250mの標高差が付く勾配)となっている。ちなみに日本の急勾配鉄道というと箱根登山鉄道が80‰、大井川鐵道の井川線で90‰となり、桁違いの急坂なのである。

 もちろん、こんな急坂を鉄の車輪とレールの摩擦だけで走行することはできず、線路の中間部には歯車状のレール(ラックレール)が付けられ、車両側の歯車と噛みあわせて進んでいく。この方式はラックレールの形状などでいくつかの種類があり、SPBはリッゲンバッハ式。大井川鐵道井川線はアプト式だが、箱根登山鉄道は摩擦だけで運行している。

リッゲンバッハ式ラックレールのモニュメント

歩くような速度で急勾配を登っていく

 列車は客車を1~2両連結、これを機関車が麓側から押し上げるスタイルで運行している。万が一、連結器が故障しても機関車が麓側で支えているというわけだ。

 ただし、客車が先頭では機関車側から安全確認ができないため、山頂に向かう列車は客車の端にも乗務員が乗り込み、進行方向を確認している。麓に降りる時は機関車が先頭になるため、安全確認は通常通り運転士が行なう。

上りは客車に安全確認の乗務員が立つ

 客車は枕木方向にベンチが並んでいる。通路はなく、ベンチごとにドアが用意されたクラシカルなスタイルだ。

 ヴィルダースヴィル駅を出るとしばらくBOBに並行して走るが、リュッチネ川を渡ったところで左に急カーブ、森の中へと入っていく。このあたりから線路は目前に立ちはだかるような急勾配となる。

 電気機関車はモーターの唸りをあげて歩くような速度で登っていく。蒸気機関車の場合、小型機にもかかわらず、大きな排気音が山間に響き、その迫力は電気機関車以上だ。

 SPBは1893(明治26)年に開業している。当初は蒸機鉄道だったが、1914(大正3)年に直流1,500Vで電化された。以来、百年以上、このスタイルで運行されているのだ。

 途中、森が切れ、左手の眼下にインターラーケンの街やトゥーン湖が広がる。ここに中間駅のブライトラウエネン(Breitlauenen)がある。駅施設以外、周辺には何もないが、ここから山頂に続く登山道もあり、ハイカーの利用が多い駅だ。

続行運転、奥はトゥーン湖

 SPBは全線単線のため、この駅のほかにも列車が行き違える施設があり、盛期の需要に対応している。とはいえ、客車1~2両では運べる乗客が限られているため、ここで何編成も続けて走る「続行運転」も行なわれている。この運転方式も日本では路面電車ぐらいしか行われない珍しいものだ。

 さらに進んでいくと、今度は右手にアイガー、メンヒ、ユングフラウの三峰が見え、終点のシーニゲ・プラッテ駅(Schynige Platte、標高1,967m)と到着する。こうして全長7.3㎞、標高差1,383mを約52分で結んでいる。

*SPB沿線は4m近い積雪があるため、冬季は運行休止となる。例年5月末から運行を再開しているが、今年はコロナ禍の影響もあり7月1日から運転を再開した。

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松本典久
鉄道ジャーナリスト
1955年東京生まれ。東海大学海洋学部卒業。幼少期から鉄道の魅力にどっぷりはまり、出版社勤務後フリーランスライターとして鉄道をテーマに著作活動。実物だけではなく、鉄道模型にも親しむ。近著は『60歳からの青春18きっぷ入門』『60歳からのひとり旅 鉄道旅行術』(天夢人)、、『オリンピックと鉄道』『どう変わったか?平成の鉄道』(交通新聞社新書)、『東京の鉄道名所さんぽ100』(成美堂出版)、『Nゲージ鉄道模型レイアウトの教科書』(大泉書店)など。